「……あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「無論だ。〈使い尽くす〉ものの中には教員も含まれる」
「私は、その、本を読むのが得意ではありません。読書の習慣を持たずに、これまで来ました。正直、教授が挙げられた文献を読む通す力が自分にあるとは思えません。あ、あの……どうすれば本を読めるようになるでしょうか?」
顔から火が出るような恥ずかしさでしたが、それよりも尋ねたいことが言葉になって口から出たのが驚きでした。
今ここでこの人に質問しないと、一生涯、この問いを口にすることがないだろうと思えたのです。
時間にすれば数秒でしたが、教授が口を開くまでの時間は、1日の長さに思えました。
「ついてきたまえ」
「読むことのできない書物は存在しない。読むことをあきらめる読書家がいるだけだ」
「え?あの……」
「一度読み始めたら、眠りに着くまで本を離してはならない。どこへ行くときも持って行きたまえ。もちろん寝床にもだ。横になったら目が耐えられるまで読み、耐えられなくなったら読んだことを思い出し、眠りに落ちて意識が切れるまで反芻せよ。朝、目覚めたらまず、枕元にあるその本に触れ、ページを開いて読み始めよ。夕べ読んでいたところと頭の中で連結器がつながったら、起き上がって朝の支度を済まし、その後はまた読むことを再開する」
「起きている時間のすべてを読むことに捧げるのですか?」
「寝ている時もだ。たとえ宇宙の運命が変わろうとも、今手にしている一冊に注力し、目を注ぐこの一節を読むのだ。それが何語で書かれていようと、まず最初の10ページを死に物狂いで読みたまえ。分からない言葉がいくつも立ちふさがり、砂を噛むような心持ちになるだろう。しかし、その本を読むために必要な鍵は大方はそこにある。……さあ、着いたぞ」
教授は、移動書架を動かし、右隅にあった小さな本を取り、それを私に手渡しました。
「この本は?」
「私の師が独学の士に宛てて書いたものだ。読むことについて初学者が知るべき全てが書いてある。師は、尋常小学校を出て鉄道会社に給仕として入るまで、本を読んだことがなかった。上司から読み古しの小説と辞書を貰い、文字を知り読むことを知り、苦学して小学校の代用教員になり、教師をしながら学び続けて中等教員、そのあと高等教員の検定試験に合格し、第二次大戦後は、私が学んだ大学の教授となった。」
「す、すごい」
「この本の中に、こうある。『読書に別に法なし。ただ要するに煩わしき仔細のことに耐えるのみ』」